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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)329号 決定 1963年11月18日

抗告人 野村証券株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第一〇四号寄託保証金等請求事件、同年(ワ)第四〇六七号株式売買差損金請求反訴事件について、裁判官吉永順作に対する忌避は理由がある。」との裁判を求めるというにあり、抗告の理由は次のとおりである。

(一)  原決定は民訴法第三五一条ノ二の解釈を誤つている。

同条は民訴法第一八七条と同趣旨の規定であり、直接審理主義を貫くものである。同一事件について証拠保全手続があつた以上、証拠保全における証人を直接尋問されたいとの申出があつたときは裁判官は既に心証を得て無用であると思つているときにおいてもこれを拒むことはできない。ただ問題は民訴法第三五一条ノ二の証拠保全が口頭弁論終結前のそれであるか、終結後のそれをも含むかは多少疑問であるが、民訴法第三五一条ノ二は口頭弁論終結後の証拠保全にも適用があるものと解すべきである。しからば証人尋問を申請したら許さねばならないことになり、従つて弁論再開を許さねばならないことになる。従つて吉永裁判官が再開を許さなかつた処置は違法であり、不公正であつたことになる。忌避は理由がある。

しかるに原決定は口頭弁論終結後の証拠保全は民訴法第三五一条ノ二に入らないと判断しているがこれは同条の解釈を誤るものである。即ち、証拠保全の記録は民訴法第三五〇条により本案係属裁判所に送付され(当事者には下附されない)当然に本案訴訟の記録と一体をなしている。証拠保全申立人が記録の下附を受けて本案裁判所の法廷に顕出するか否かの自由があるのではない(記録取寄の場合とは違うのである)。証拠保全申立人の不利に出ているものでも本案係属裁判所に送られるのである。当事者の意思に反してでも本案記録と一体をなさしめられる証拠は直接審理すべきである。敢て口頭弁論終結に拘わる必要はない。弁論再開をなすべきであるというのが抗告人の民訴法第三五一条ノ二(同法第三五〇条と相俟つて)の解釈である。原決定の解釈でいくと本案の記録と一体をなすものを援用する機会も与えられなかつたことになる。

(二)  原決定は再審の規定の精神に反する。

原決定が民訴法第三五一条ノ二の適用ある証拠保全は口頭弁論終結前に行われたものに限り、終結後のものには適用がないという趣旨であるとすれば、抗告人はここに忌避理由として吉永裁判官の行動は再審の規定の精神に反するものと主張する。即ち、口頭弁論終結決定は一応の締めくくりというだけであつて、確定不動のものと考える必要はない。終結後に新たなる証拠が出て、その新証拠が口頭弁論終結までに顕出した証拠の偽証拠であることを立証するものである以上は、弁論再開を許しその新証拠を法廷に顕出する機会を与うべきは公平なる裁判官の採るべき当然の措置である。このことは再審に関する民訴法第四二〇条第一項七号の規定の精神から見ても肯定される。本件においては戸部証言が東京法廷におけると証拠保全手続におけると異つたこと、後者における証言が東京法廷におけるそれよりも真実なること、東京法廷における証言が偽証なることが殆んど疎明されている。証拠保全の記録が東京裁判所に送付されることは既定の事実であり、その記録には東京法廷における偽証が明らかとなる証拠が出て来ることが確定的である。(後日、記録の送付があり、これは真実となつた)このとき、この新証拠を俟たず、従来の証拠(その中には偽証拠が含まれている)だけで判断することは口頭弁論終結にとらわれすぎている。一旦判決しそれが確定しても、偽証拠による判決に対しては再審の請求が許される(民訴法第四二〇条第一項第七号)のである。口頭弁論終結後の場合は、その時点をどこ迄も守る必要はなく、弁論を再開して偽証拠による判断をなす危険を避けるべきは正に公平なる裁判官のとるべき道である。

(三)  吉永裁判官のその他の不公平な処置について、原決定は一括して、記録を精査するもそのことなし、と片付けている。なるほど民事訴訟の進行の内容について公判調書が最有力なることは明白であり、又その方式の遵守については公判調書が唯一の証拠となることは民訴法に規定されている(民訴法第一四七条)。しかし、これは裁判官への信頼が前提となつている。裁判官への信頼を失い、忌避を申立てている場合に調書のみが唯一の証拠である如くに考えることは不合理である。要するに、記録を精査するも不公平の事実なしという如く、記録のみによつて判断することは忌避事件においては不当である。

先ず本件記録に徴すると、抗告人は東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第一〇四号寄託保証金等請求事件の被告であり、同裁判所同年(ワ)第四〇六七号株式売買差損金請求反訴事件の反訴原告であるところ、右各事件の担当裁判官たる吉永順作には裁判の公正を妨ぐべき事情があるとして同裁判官に対する忌避を申立てたものである。忌避の原因は、原決定の理由中忌避の原因として摘示されたとおりであるからここにこれを引用する。

よつて、次に抗告理由及び忌避の原因について順次判断する。

抗告理由(一)について。

民事訴訟法第三五一条ノ二が同法第一八七条第三項と同様証人尋問についての直接主義を徹底する趣旨の規定であること及び同法第三五〇条により証拠保全に関する記録は本案訴訟の記録の存する裁判所に送付し、その記録と一体として保管すべきものとされていることは所論のとおりであるが、証拠保全の結果は当然本案訴訟の証拠資料となるわけではなく、当事者の援用を俟つて始めて証拠資料として使用されるのであり、証拠保全の結果の援用も一つの攻撃防禦方法として同法第一三七条に則り原則として口頭弁論終結迄になされねばならず、証人について証拠保全がなされた場合に本案訴訟において当該証人につき当事者が更に尋問の申出をするのも同様に口頭弁論終結迄に限られるものといわねばならない。ところで、本件においては、前記本案訴訟の口頭弁論終結後に抗告人が同法第三四四条第二項により証拠保全を得た上右証拠保全手続において尋問を受けた証人につき更に本案口頭弁論における再尋問を申出でそのために口頭弁論の再開を申請したのであるが、かかる場合においても、口頭弁論を再開する必要があるか否かは本案裁判所が主として訴訟の実体関係を勘案した上自由な判断により決定すべきものであり、右の如き証人再尋問の申出であつた場合には必ず口頭弁論を再開しなくてはならぬものではない。抗告人は同法第三五一条ノ二を以て恰も同法第一三七条に対する例外規定であるかの如く解し、逆にかかる証人再尋問の申出があれば必ず再尋問をなさねばならず、そのため終結した口頭弁論を再開しなければならない、と主張するが、かかる見解は前述の理由により当裁判所の到底採用し難いところである。なお、本件の如く本案訴訟の第一審口頭弁論終結後に証拠保全手続がなされた場合でも、抗告人主張の如く証拠保全の結果を本案訴訟で援用する機会が全然与えられないわけではなく、本案裁判所がその自由な判断により口頭弁論を再開した場合にはそこで援用する機会が与えられるわけであり、又もし口頭弁論が再開されずに判決言渡しとなつた場合には当該判決に対し控訴申立をなした上控訴審において援用する機会が与えられるのであるから、何れにしても民事訴訟法第三五一条ノ二の適用を見る場合が起りうるのである。

抗告理由(二)について。

再審事由としての偽証は、それが有罪判決もしくは過料の裁判で確定し、又は証拠欠缺以外の理由で右判決もしくは裁判を得られなかつたことを要するのみならず、該偽証が判決の基礎となつた場合に限るのであり(同法第四二〇条第一項七号、第二項)、かかる場合に始めて再審が許されるのである。しかるに、本件本案訴訟における証人戸部繁の証言が偽証であることは未だ刑事判決もしくは過料の裁判で確定されているわけではなく、抗告人において同証人の証言が虚偽の供述であると主張しているにすぎないのであり、又その偽証として主張する供述部分が本案訴訟にとつて重要な事項に関するものであるか否かについても疑問の存するところであるから再審の場合とは事情を異にし、かかる場合にも再審の規定を類推して既に終結した口頭弁論を必ず再開すべきであるという論議は成立しないのである。むしろ、かかる場合においても再開するか否かは本案裁判所が訴訟の実体を勘案して自由な判断により決定すべきものと解すべきである。

叙上の次第で、吉永裁判官が抗告人の口頭弁論再開の申請に対し、抗告人の求めに応じ口頭弁論の再開を命じなかつたからといつて、それが違法であるといいえないことは勿論、それを以て直ちに同裁判官が不公平な態度をとつたということもできない。

抗告理由(三)について。

抗告人は、原決定は吉永裁判官のその他の不公平な処置について一括して記録を精査するもそのような不公平な事実なしといつて片付けている、と主張するのであるが、原決定を熟続玩味すれば、原決定が本案訴訟の記録のみによつてその他の忌避の原因について判断しているわけでなく、抗告人提出の疎明資料をも参酌した上で吉永裁判官には抗告人主張の如き不公平な事実はないと判断していることが判るから、この点に関する抗告人の主張は、その前提において既に失当というべきである。

しかして、当裁判所も原決定理由中忌避の原因一の(二)の(イ)乃至(ヘ)記載の如き吉永裁判官の不公平な態度はこれを認め得ないと判断するものであつて、その理由は、原決定理由三(二)に説示するところと同一であるからここにこれを引用する。

以上の次第で、吉永裁判官が本件本案訴訟を審理するに当り抗告人主張の如き不公平な態度を示したものとは認め難く、抗告人の疎明及び本案訴訟記録を精査するも吉永裁判官に何らか裁判の公正を妨ぐべき事情があると認むべき資料がないから本件忌避の申立は理由のないこと明らかである。

よつて、抗告人の本件忌避申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、主文のとおり決定する。

(裁判官 菊池庚子三 花渕精一 山田忠治)

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